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東京高等裁判所 昭和52年(う)1248号 判決 1977年11月09日

控訴人 被告人

被告人 沈聰

弁護人 山口紀洋

検察官 中野林之助

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山口紀洋が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官中野林之助が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対して当裁判所は、次のとおり判断する。

所論のいうところは要するに、原判決は原判示被告人の「免許証の再交付」を受けた所為が道路交通法(以下「道交法」と略称する)一一七条の三第二号に該当するとして被告人を処断したが、免許証の再交付を処罰することは右条号の文言に反するのみならず、そもそも被告人の本件所為は、運転有資格者が公安委員会に対し免許証という単なる証明書の「再発行」を申請し、その再交付を受けたに過ぎないものであるのに対し、道交法一一七条の三第二号にいう「交付」とは運転資格を有しない者が偽りその他不正の手段により運転免許証の交付を受けることを意味するのであるから、両者は本質的にも全く異なつた行為であること、衆議院地方行政委員会における国務大臣の右条号改正の提案理由説明によれば、同条号は、いわゆるかえ玉受験等不正手段によつて運転免許証の交付を受けた者を処罰することを目的として設けられたものであること、その他道交法のような行政取締法規は、自然法と異なり、市民に倫理感を期待することは不可能であるから、その解釈は厳格でなければならないこと等の諸点に照らして考えると、被告人の本件所為は道交法一一七条の三第二号に該当しないことが明らかであるのに、同条号に該当するとして被告人を処断した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用の誤りがある、というのである。

そこで検討するに、道交法一一七条の三第二号は「偽りその他不正の手段により、免許証……の交付を受けた者」と規定し、「再交付」という文言を使用していないこと、衆議院地方行政委員会において担当大臣が所論のように右条号に関する提案理由説明をしていることは所論が指摘するとおりである。しかしながら、刑事法における罰則規定の解釈適用にあたつては、当該条文の文言や、その立法に関与した者の国会等における趣旨説明等を尊重しなければならないことは当然であるとしても、その解釈は関係者の趣旨説明や条文の文言の形式的な文理解釈のみにとどまるべきではなく、むしろ当該条文の構成要件の予想する犯罪定型は、当該条文ならびにその属する法典全体から合理的に導かれるところに従つて決められるべきものである。そして本件についてこれをみるに、道交法一一七条の三第二号が自動車教習所における不正卒業証明書の発行、免許試験におけるかえ玉受験等の事犯の予防をはかることを重要な立法趣旨として設けられたものであることは、右条号の文言自体や前記大臣の提案理由の説明によつて明らかであり、当裁判所もこれを是認するものであるけれども、他方道交法一〇七条一項三号が、免許証を亡失したため免許証の再交付を受けた免許取得者が再交付を受けた後において亡失した免許証を発見し、又は回復した場合に、これをすみやかに公安委員会に返還しなければならない旨義務づけ、これに違反した者を処罰する規定(同法一二一条一項九号)が設けられていることに照らして考えると、道交法は免許を有する者が同時に二通以上の免許証を所持することを罰則をもつて禁止しようとしていると解するのが相当であり、また本件のように免許を有する者が先に公安委員会から交付を受けた免許証を遺失したことがないのにかかわらず、これを遺失したと偽つて、免許証の再交付申請をして免許証の再交付を受ける行為と、かえ玉試験等の不正手段によつて新たに免許証の交付を受ける行為とは、再交付と交付という点で文言上の相違はあるにしても、行為の態様には何ら差異がないことを考慮すると、被告人の本件所為は、道交法一一七条の三第二号にいう「不正な手段により免許証の交付を受けた」場合に該当すると解するを妨げないというべきである。

また所論は、その主張の根拠として、被告人の本件所為が道交法一一七条の三第二号に該当するものとすれば、同条の法定刑が懲役又は罰金であるのに対し、これと複数の免許証の同時所持という点では違法性に何ら違いのない同法一二一条一項九号の法定刑が罰金又は科料となつており、前者の法定刑があまりにも重過ぎ、右の点からみても、本件所為が道交法一一七条の三第二号に該当すると解するのは不当である、というのであるが、同条号は前記のとおり自動車教習所における不正卒業証明書の発行、免許試験におけるかえ玉受験等の事犯の予防をはかるため、その違反者を処罰することを重要な目的としており、その点で法定刑がある程度重くなることもやむを得ないと解されること、同法一二一条一項九号は、正当に免許証の再交付を受けた者がその後たまたま先に亡失した免許証を発見又は回復したにかかわらず、これを返還しない行為を処罰の対象とするものであるのに対し、同法一一七条の三第二号は免許証を遺失した事実がないのに、遺失したと偽つて、いわば公安委員会を欺罔して免許証の再交付を受けるという前者より犯情悪質な行為を処罰の対象とするものであること、のみならず同法一一七条の三第二号により処罰される場合であつても、犯情によつては罰金刑を選択する余地もあることなどの点を考慮すると、両者の法定刑に差があることをもつて本件所為が道交法一一七条の三第二号に該当すると解するのは不当であると主張する所論もまた採用することができない。

以上の次第であるから本件被告人の免許証の再交付を受けた所為が同法一一七条の三第二号に該当することは明らかであり、したがつて本件につき同条号を適用して被告人を処断した原判決には法令の適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小松正富 裁判官 千葉和郎 裁判官 鈴木勝利)

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